一力遼( いちりきりょう)囲碁プロ棋士の家族が凄すぎる!最年少記録多数の囲碁棋士の年齢や経歴wikiプロフィールやインスタ写真は?



一力遼( いちりきりょう)の父親や祖父は?河北新報社の社長の息子!情熱大陸出演

4/29 (日) TBS 23:25 ~ 23:55 情熱大陸【一力遼/絶対王者・井山裕太に続く20歳の逸材●ハタチの情熱第4夜】

棋聖戦・王座戦・天元戦の最年少挑戦記録他、多数の最年少記録を保持している、一力遼さんをご存知でしょうか。

現在20歳という若手ながら素晴らしいタイトルを持っている日本のエースとも言える囲碁棋士である一力遼さんについてご紹介します。

まずは、一力遼さんについて、かんたんなプロフィールを見てみましょう。

一力遼 wikiプロフィールやインスタ画像

名前:一力 遼(いちりき りょう)
生年月日:1997年6月10日
年齢:20歳
出身地:宮城県
プロ入り年:2010年
所属:日本棋院東京本院
師匠:宋光復
段位:八段

一力遼さんの家族と囲碁への関わり

一力遼さんの父親は「河北新報社」の代表取締役社長の一力雅彦さんです。

そして、祖父は「元・河北新報社社主」である一力一夫さん。

叔父が東北放送の代表取締役社長である一力敦彦さんという素晴らしい家業を持つ伝統ある家系で生まれた一力遼さんは、5歳の頃に父親から囲碁を教えてもらいました。

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一力遼さんの小学生時代

仙台市立片平丁小学校に通っていた一力遼さんは、2005年小学2年生の頃に出場した「少年少女囲碁大会」の全国大会に出場しますが、この大会はリーグ戦を勝ち抜いた1名だけが決勝リーグに上がれるのですが全部で16リーグある中の1番人数が多かったRリーグに入った一力遼さんは、東京代表の相手に2勝1敗で負けてしまいリーグを敗退します。

その後、「院生」となった一力遼さんは、「院生研修」がある週末には仙台から上京する生活を送り、2008年の小学5年生の時には、囲碁の力を上げるために母親と共に都内に転居をしますが、「冬季採用試験」では12位に留まり入段することができませんでした。

翌年の2009年にも「冬季採用試験」に挑みますが順位は4位となり、前回からあがったものの入段はできませんでした。

院生とは囲碁プロ棋士の卵達の集まり

「院生」とは日本棋院・東京本院に属する棋士を志す青少年達のことを指し、いわゆる囲碁プロ棋士の卵たちのことですが、院生になるには、いくつかの条件を満たさなければいけません。

・14歳までには棋力をアマチュア6段ほどの腕前でなければならない
・志願は14歳を迎えるまでで、17歳の3月までしか院生いられません
・院生は、アマチュアの大会には出場できません

院生研修とは囲碁の強化練習

院生師範の元、毎月の対戦成績によって振り分けられたAクラスからDクラスに分かれて、クラスごとにリーグ戦の対局を朝から夕方までの、およそ10時間近くを行う、いわば囲碁の強化練習です。

採用試験とはプロになるための試験

「冬季採用試験」と呼ばれるプロ試験を受けることができるのは、成績が良い上位20名で、プロ試験では2か月もの期間をかけて受験生が総当たり戦を行います。

一力遼 経歴

一力遼さんの中学生時代

2010年東京都立白鴎高校付属中学1年時に入学された一力遼さんは、夏季採用試験を受験され「院生順位は1位」になり、6月に晴れて入段を果たし9月には初段を取得されます。

2011年には、第8回中野杯U20選手権3位、第21期竜星戦本戦に出場、第37期新人王戦本戦入り、同年12月22日に棋聖戦最終予選に進みます。

2012年には二段を取得され、第3回おかげ杯本戦入り、第9回中野杯U20選手権優勝に輝き、第7回若鯉戦準優勝を果たします。

一力遼さんの高校生時代

2012年になると三段に合格し、第4回おかげ杯で優勝を果たし、第20期阿含・桐山杯準決勝進出します。

16歳3カ月16日で第52期十段戦本戦入りをし、十段戦本戦入りの最年少記録を打ち出します。
第8回若鯉戦で初の公式戦優勝。

文藝春秋の企画「人材はここにいる」にて、各界の逸材108人を選んだ中、囲碁界からただ一人選出。「タイトル歴のあるベテラン棋士が、彼に見解を聞きに来る」という逸話が紹介されました。

2014年、順調に四段に合格するのですが、第39回棋聖戦リーグ入りを果たし、規定により七段に昇段されます。これも最年少記録となりました。

第1回グロービス杯世界囲碁U-20では国際棋戦優勝を飾りました。

第5回おかげ杯で二連覇を果たすと、第40期天元戦本戦初出場で準決勝進出するも、挑戦者に敗れてしまうのですが、第39回新人王戦では優勝を飾り、これまた史上最年少新人王を17歳3か月で果たしました。

その後行われた第1回イベロジャパン杯でも優勝されています。

2015年第62回NHK杯で準優勝をするのですが、この決勝で優勝をしていれば、これも最年少記録でしたが、対戦相手の伊田篤史さんが史上最年少となりました。

第17回農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦では3連覇を達成し賞金ランキング9位となりました。

一力遼さんの大学時代

2016年早稲田大学社会科学部に入学されてからも、優勝街道は止まりません。

第42期天元戦、第26期竜星戦、第18回農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦で優勝を果たし、棋道賞最多勝・最多対局賞受賞されます。

この年は、賞金ランキングで自己最高の3位となります。

2017年、中国の団体戦「中国囲棋甲級リーグ戦」に重慶チームのメンバーとして参加。第65期王座戦本戦決勝で挑戦権獲得。第43期天元戦は2年連続で挑戦権を獲得。

王座・天元ともにタイトルホルダーは井山裕太七冠なので挑戦手合計10番勝負を行うことになった。

第42期棋聖戦Sリーグで1位になり挑戦者決定トーナメント進出。棋聖位挑戦者決定戦で挑戦権獲得。

20歳7カ月での棋聖位挑戦は井山の21歳7カ月を更新し史上最年少記録。

これで王座戦・天元戦も続き3戦連続の挑戦手合となり、棋聖位も井山裕太なので史上初の3棋戦連続同一カード「十七番勝負」となりました。

三大タイトルの挑戦権獲得にて規定により八段に昇段します。

一力遼さん SNSアカウントやブログは?

インスタやツイッター、ブログなどオフィシャルでの発信は現在ないようです。

一力遼さんの将来

早見え早打ちの天才肌と呼ばれる一力遼さんですが、これだけの史上最年少記録を獲得されていきているのには、天才なだけではなく、一力家の一人息子であるため、将来は家業を継がなければならないようです。

そのため、囲碁の世界ではプロ入りしてから大学へ進学する人は珍しいと言われていますが、一力遼さんは囲碁棋士として数々の記録を打ち出しながら、将来への道もしっかりと歩んでいる素晴らしい方でした。

はじめての囲碁入門 [ 依田紀基 ]

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