サンフランシスコ市内を散策しよう!歴史編



サンフランシスコの歴史

サンフランシスコ発見

サンフランシスコは1769年11月2日にスペイン人ガスパール・デ・ポルトラによって発見され、その後1776年のアメリカ独立から本格的に教会(Mission Dolores)や要塞(Presidio)が築かれ、定着の場としてのサンフランシスコが誕生しました。

最も当時のスペイン人はこの地をイエルバ・ブエナ(Yerba Buena:良い薬草の意)と呼んでおり、香りの高い植物がたくさん生い茂っていたといいます。

サンフランシスコという名前がついたのは、それから80年後の1847年で、この西海岸がスペインからメキシコ、そしてアメリカの領土となった年の翌年にあたります。1846年のアメリカ・メキシコ戦争の結果、メキシコはこの西海岸の領土を手放すことになり、書類上では1848年から正式にアメリカの領土となりますが、実際には1846年以降ずっとアメリカ陸軍が西海岸を統治していました。

こういった歴史背景があり、西海岸の地名はスペイン語が多いのです。

1906年の大地震 San Francisco earthquake

サンフランシスコの歴史で大地震の話抜きには語れません。1906年4月18日、朝5時13分、サンフランシスコは突如として大地震に見舞われます。第一震が40秒、それから10秒の沈黙が続いた後で第二震が25秒。このわずか1分15秒の間にサンフランシスコは地獄と化しました。

街中の建物は壊れ、ガス管は破れ、電線は切れ、また、折からの風と火の手で夕方までには一面が火の海となりました。消化施設はほとんど役に立たず、それから街は三日三晩燃え続けることになります。

その後、サンフランシスコ市民は失意のうちにも復興に乗り出し、3年後にはほぼ復興を成し遂げました。現在のサンフランシスコは大地震の後で復興再建されたものです。被害は当時の人口40万人のサンフランシスコ市で約3000人の死亡者がでて、おおよそ23万人が家を失ったと言われています。

被害が甚大になったのは、地震に発生した火災のためです。サンフランシスコはガスを使用しており、今でも地下に通してあるガス管から各住宅にガスを供給しています。ビクトリアンハウスなど木造住宅もまだまだ多く、家屋も密集しているので、また同規模の地震が起これば同じような状況になることが想定されます。そろそろ100年が経ち、来る来るとささやかれていますが。。。恐いですね。。

Bank of America バンクオブアメリカ 略してバンカメ

この復興の影で、尽力したのが現Bank of America(旧Bank of Italy)の創始者A.P.ジアニーニと言われています。1904年、Bank of Italyは言葉も話せないような貧しい移民のために立ち上げた銀行でした。小口の融資などで順調に経営が進むなか、わずか1年半後にこの大地震に見舞われることになります。

他の金融機関は大混乱で営業を停止している中、彼のバンク・オブ・イタリーは翌日から営業を再開します。中小企業や個人事業主向けに「手にたこがある人」(よく働く人)という条件だけで、返して貰えるかどうかも全く分からないのに、どんどんお金を融資します。

この大胆な行動は失意のどん底にいた人々に勇気と希望を与え、またスピーディーな復興を推し進めたのでした。後に、大成功した事業主は優良顧客となり、彼と彼の銀行は大きな信用を得ることができ、どんどん成長していきます。

1929年にバンク・オブ・アメリカを買収し、名称を変更します。成長を続け、世界有数の金融機関のひとつとなりました。素晴らしいお話ですね!

ロマ・プリータ地震 Loma Prieta earthquake

その後、近年1989年10月17日17時4分にも一度大きな地震がありました。おそらくサンフランシスコ大地震ほどの規模はないものの、マグニチュード6.9で、ベイブリッジも一部崩落しました。火災や建物の倒壊などかなりの被害がでました。

ということで、この地域はアメリカの中でも地震が結構身近な場所と言えます。テレビなどでも、何年までに地震が起こる確率何パーセントなどといった特集が組まれたり・・・日本の南海地震と同じですね。どこにいても、いつ何時災害や事故に遭遇するかは分かりません。万が一の時に備えて、災害グッズを準備しておくなど、出来る事はしておいた方がいいですね!



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